鎖を解かれたメテウス

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『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』感想

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 マーベルが『キャプテン・アメリカ:ウインターソルジャー』に続き世に放ったのが『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』。前者はアメリカの正義など誰も信用できなくなった9.11後の世界において、アメリカの正義を象徴するアイコン「キャプテン・アメリカ」という道化になってしまった存在をどのように扱うか?というところで最高にアツく説得力のある回答を示してくれた傑作でした。

 

 そして後者の『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』、こちらを見て思ったことは色々あるのですが、作品のテーマの一つに「みんな何かを失った経験があり、その悲哀を抱えながら生きている」というのがあったことが一番印象に残っています。主人公たちはそれぞれ大切な何かを失った記憶があり、痛みがあり、また自身にも欠けているものがある(それは知性であったり家族であったり仲間であったり)。

 巨大な映画市場を持つアメリカで莫大な宣伝をしてバンバン客を呼び込める作品というのは、基本的に主人公がマジョリティに属し、王道の物語をゆくものが多かった。その中でこういった、自身を〈loser(負け犬)〉と自認するようなマイノリティをメインに据えた映画は・・・意外と少ないわけではなく、むしろじわじわと増えてきているように思います。

 映画産業は大衆の思想を反映するものですから(共感を得られない作品は確実なヒットが見込みにくい)、アメリカ映画界のこのマジョリティからマイノリティ目線への主人公の変化は、そのまま大衆の目線の変化を表しているといってもよい。自らをマイノリティと自認する人が増えるのは、SNSが普及し他人との幸せの尺度を比較し易くなった今日の世界において当然なのかもしれません。家族にも友人にも異性の恋人にも恵まれ、幸せな人生を送ることが「ノーマル」の規範とされている世の中で、一体どれほどの人が己をノーマル、マジョリティであると断言できるでしょうか。誰だって何かひとつは、きっと欠けているものがあるでしょう。

 そういった自己肯定感の低さという生々しい感情の描写を、ギャグの飛び交う本編で不意打ちのように、しかし必然性を伴って挿入してくるの、ほんとズルいなあと思いますよこの映画。こんなの泣くよ。泣いちゃうよ。

 

 けれどもこの「誰もが傷を抱えてる」系の大作が出てきたことで微妙な不安もあるんですよね。本編中でもロケットが「お前だけが辛いわけじゃない」みたいなことを言うんですが、その場面でいつかどこかで見た日本の漫画・アニメの主人公の変遷の話を思い出したんです。「90年代の主人公は心の傷を見せて辛いと叫ぶことが許されたけれど、ゼロ年代は消費者側が自分以外もみんな傷を抱えていると知っているため傷をひけらかす主人公は共感されない」みたいな感じだったと思います。

 今の日本は「みんなが辛いんだから自分も辛いのを我慢しよう」が当たり前になりすぎて、もっと暴力的に「辛いのはお前だけじゃないんだから黙れ」みたいな空気が確実にあります。ネット上だと特に顕著です。なので、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』という超ノレて笑えて泣ける、エンタメの粋を集めたような最高の映画の登場によって、アメリカさんで日本のような同調圧力的空気が生まれないといいなー、と思ってしまうのです。

 

 そういえば、この映画って皆無、とまではいかないまでも恋愛色が薄いなと感じました。『パシフィック・リム』や『オール・ユー・ニード・イズ・キル』もそうでしたが、主人公とヒロインの間には確実に愛があるけれど、それを恋愛感情に落とし込まない大作映画は、これからの流行りになるかもしれませんね。

 ともあれ、久々に気持ちよく観られる大作を観たのでAWESOME MIXを聴いて映画の余韻を引き伸ばしたい気持ちでいっぱいです。まだ観てない人も、予習として聴くと(場面に合わせた曲が多いので訳も確認しておくとなお良し)本編を更に楽しめることと思います。


Guardians Of The Galaxy: Awesome Mix, Vol. 1 ...