鎖を解かれたメテウス

映画とか海外ドラマの感想を吐き出すブログ。たまにゲーム

映画に見る胎内回帰願望とフェミニズム

 先日キム・ギドク監督の『嘆きのピエタ 』(2012年にヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を獲っています)とニコラス・ウィンディング・レフン監督の『オンリー・ゴッド 』を観ました。この二つの映画に物語的な関連性があるかと言われればないんですが、ちょっと劇中で同じテーマを映していたのが気になり、それからずっと悶々としてたことをここでちょっと吐き出したくて書いています。

 同じテーマって何が、という話ですが、言ってしまえば〈胎内回帰願望〉あるいは〈子宮回帰願望〉というヤツです。

 『嘆きのピエタ』では主人公が自分を捨てた母親を名乗る女性を押し倒して「俺はここから生まれてきたのか」とか「ここに戻りたい」とか言いながら局部に手を突っ込んでいくシーンがあります。『オンリー・ゴッド』では、もうモロに腕までズブズブと・・・なシーンがありました。なかなか衝撃的なんですが、どちらの行動も胎内回帰願望というものの現れらしいんですね。

 胎内回帰願望って何かというと、字面そのままではあるのですが母親のお腹の中にいた時に戻りたい、という欲求のことだそうです。それは私も理解できない感情ではないのですが(どうしようもなくなった時とかに「生まれてこなきゃよかった≒生まれる前に戻りたい」とか思ったことがありましたから。これもそういう欲求のうちですよね?)、でもひとつモヤモヤすることがあって。それは「映画の中で散見される胎内回帰願望は、なべて男が主体であるのでは」ということ。

 

 Twitter経由で知ったのですが、SciFiNowの記事にてレクシー・アレクサンダー監督が「The point is the principle of equality(平等原則の問題)」について語っているものがありました。元ツイートをしていた方が重要な箇所の要約をしてくださっているので、そちらも載せておきます。

 この記事を読み、日本より男女平等の観念が進んでいるであろうアメリカでもまだこういう段階なんだな・・・と少し、いえかなり残念に思いました。私が好きな映画に『フローズン・リバー 』という作品があるのですが、監督はコートニー・ハントという女性です。この映画はサンダンス映画祭でグランプリを受賞した良作であり、この素晴らしい映画を撮ったハント監督はこれからどんどん映画界で活躍するだろう・・・と思っていたのですが、なんと彼女の次回作の公開は2015年なんです。『フローズン・リバー』が2008年の映画であることを考えると、あまりにも間が空いています。

 シネマトゥデイさん→http://www.cinematoday.jp/page/N0015284でハント監督のインタビュー記事が読めますが、これを読めば彼女が監督業にやる気を見せていることがわかります。だというのにこんなにも間が空いているのは、(推測でしかありませんが)出資者を募るのが難しいからなのではないでしょうか。この記事の中でも、資金集めに大変苦労したと書いてありますし。上記のレクシー・アレクサンダー監督のインタビューを見ても、女性監督がいい映画を撮っても将来の安泰は約束されていないとあります。

 

 また、ダニエル・ラドクリフが映画界の男女の機会不均等について意見を言った話があります(ダニエル・ラドクリフ「僕はフェミニスト」 | ニュースウォーカー

 

複数の映画で、女性の役のキャラクターをしっかり構築するようにと説得したことがある。以前に比べると女性の脚本家は増えているけど、ほとんどの女性のキャラクターは男性に書かれたものだからね。”

 この意見に、私は思わず膝を打ちました。

 映画の中で女性がえげつない行動をすると、高確率でそのレビューの中で「やっぱ女って怖い笑」と書く人がいます。これ、以前からすごく疑問だったんです。だって、多くの映画の映画は男性が書いて男性が監督をするものですから、そういう映画を観て「女は怖い」と言う人は実際の女性ではなく〈男性の考えた虚構の女性〉を怖がっているということになりますよね?また、映画の中で男性キャラがどれだけえげつない行為をしようが「○○(キャラ名)が怖かった」と言われることはあれ「男って怖い笑」と言われることは稀でしょう。男性のそれは個人の問題として見られるのが当たり前なのに対して、女性のそれは何故か「女全体の問題」として語る人が一定数いる。映画を作る側だけではなく、観る側だってこんな風に目線が平等ではないのです。

 ダニエル・ラドクリフは続けて“僕はフェミニストだと思う。それは僕がすべての人間に平等な権利が与えられるべきだと思うからだよ。”と言っています。日本でフェミニストって言うと、女性に優しい/甘い男性という意味で通ってしまっているように思いますが(実際その意味でも辞書には載ってはいます)、ダニエル・ラドクリフが言っているのは「男女同権論者」という意味でのフェミニストですね。

 

 それから先日クロエ・グレース・モレッツがインタビュー(Chloe Grace Moretz on how piracy stopped 'Kick-Ass 3' from happening | Inside Movies | EW.com)で「2の海賊版が広く出回ったことで『キック・アス3』は作られないでしょう」と述べたほか、ハリウッドにおける女性スーパーヒーローの扱いに失望を表したとあります。“女性のスーパーヒーローはあるがままのキャラクターを見せることよりも、より性的なプロットラインの方を求められます。それはクールじゃない。むしろ悲しい”と。

 

 私がいわゆるフェミニズムに関心を向けたのは本当に最近のことなので、恐らく今までもあったであろう映画界の男女の不平等性の話題が正直全く目に入っていませんでした。ですが、女性の監督や発言に注目が集まる若手の俳優・女優さんたちがこうやって語るのを見るにつけ、私は認識を改めつつあるのです。最初の話題に戻りますが、「映画の中で散見される胎内回帰願望は、圧倒的に男性の欲望として描かれている」ことも、映画界の男女不平等に関係がないわけではないのだろうと今なら思います。

 嘆きのピエタ』なんかは特にそうですが、胎内回帰願望を表した行動って、男性がやるとどうしても(それが作り手の意図的なものか私のバイアスにかかるものなのかは判断できませんが)すごく男性の性的な欲求の色が強いように感じるんですよね。性欲にどこかしら繋がったものに思えてしまう。やはりどこまでも描かれているのは男性の欲望なのだな、と。それが嫌だというわけでは決してないのですが、いち映画好きとしては欲望なら欲望でもっとその多様な面が描かれる様を見たいなと思うわけです。でもって、映画界での女性の担う仕事の量が増えれば、確実に多様性は広がる。そういう意味で、手始めにハリウッドでこれからどんな変化が起こってゆくのか、そもそも変化は起こるのか、といったところに注目していきたいなと思います。

 

 

 

オンリー・ゴッド スペシャル・コレクターズ・エディション [Blu-ray]

オンリー・ゴッド スペシャル・コレクターズ・エディション [Blu-ray]

 

 

 

フローズン・リバー [DVD]

フローズン・リバー [DVD]