鎖を解かれたメテウス

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『ブレイキング・バッド』感想 そして王者は自らの手で幕を下ろす

 『ブレイキング・バッド』、huluにてシーズン5まで完走しました。興奮が冷めないうちに感想を書きなぐっていきます。

 まずは軽く紹介。この海外ドラマは『ウォーキング・デッド』の制作局、AMCが贈る完全オリジナルドラマです。全5シーズン。本国アメリカでは圧倒的な人気の高さを誇り、史上最高評価を受けたドラマとしてギネス認定されたほか、エミー賞ゴールデングローブ賞で累計49部門ノミネート・12部門受賞という実績があります。もう伝説というか、怪物級のドラマです。

 あらすじ:メキシコ州中央部にある街アルバカーキで、化学教師ウォルター・ホワイトは見た目通りの冴えない人生を送っていた。冗談が下手くそで生徒には尊敬されず、それは家族が相手でも同じこと。惨めな人生を送っていたウォルターだったが、ある日肺ガンで余命わずかと宣告されてしまう。残り少ない時間で家族に金を残したいと思い立った彼は裏社会でハイゼンベルグと名乗り、麻薬製造に手を染めてゆく―――。

 

 このドラマ、最初見始めた時は「華がないなあ」とか失礼なこと思ってたんですけど、そんなの面白いストーリーの前では本当に小さなことでした。それにキービジュアルが白ブリーフで荒野につっ立ってるオッサンじゃなかったら、興味をそそられず見ることもしなかったかも。

 シーズン1を何気なく見始めた夜、あまりにも続きが気になって結局徹夜で全エピソード(といっても海外ドラマにしては全7話と短め)視聴してしまいました。正直自分がこんな地味なオッサンばっかのドラマにハマるなんて思ってなかった。

  ウォルター役のブライアン・クランストンはこのドラマで一躍有名になり、主演を張った舞台『オール・ザ・ウェイ』でブロードウェイの興行記録を塗り替えたそうです。また、最近日本でも公開されたローランド・エメリッヒ監督の『ゴジラ』にも出演しているみたいです。これまで注目されていなかった彼が、この年になって人気者に・・・と、アメリカン・ドリームの体現者になったんですね。これからも名俳優として色んな作品で活躍するのだと思います。

 

※ここからはネタバレを多々含みます

 

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 このドラマの魅力は沢山ありますが、まずはなんといっても主人公ウォルター。家族といる時は余命わずかの悲劇の父だけれど、裏社会ではコワモテのオッサン達に科学の力でハッタリをかます喜劇の麻薬王ハイゼンベルグ。ウォルターという男は、悲劇の主人公と喜劇の主人公、その両方の顔を持っているのです。表社会の人はハイゼンベルグを知らないし、裏社会の人は地味な化学教師ウォルターを知らない。この狭間で重ねられてゆくブラックユーモアの数々を、彼の正体を唯一正確に知っている私たち視聴者がニマニマしながら楽しむという贅沢な構図です。

 

 次に魅力的なのは裏社会のマフィアたち。みなさんとても個性的です。

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 まず初めにウォルターの脅威となったのはトゥコ・サラマンカ。あのキレっぷりは怖いやら面白いやら。

 ちなみにトゥコの親父はシーズン4まで登場します。ベルをディン!ディン!と鳴らしまくるアクション、すごく強烈でした。

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それから謎の双子マフィア。常に無表情、かつ無口・・・と不気味な存在。いまだにあのほふく前進の意味がわからない。

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 そしてシーズン2後半で登場する最強の敵、ガス・フリング。ファストフード店を経営し、社会貢献事業にも惜しみなく投資する誠実な実業家・・・というのは表の顔。裏では大規模な麻薬密売の元締めをしています。常に冷酷な判断を下しウォルターを脅かしますが、それでいて自宅に招いて手作り料理を振舞ったりと、これまた何を考えているのかわからない人物。そんな彼の目的は、シーズン4で語られる彼の過去で明らかになります。ガスはただ一つの目的のために動いていたのですね。その目的を叶えるために損得以外一切の感情を排して行動してきており、それが彼の強みとなっていました。同時に、この〈感情を排して行動する〉というのはガスの生存の条件でもあります。彼は実際、そうすることでこれまで生き延びてきたのです。だから目的が叶う目前で冷静さを欠いた時こそ、彼は退場することになるんですね。トゥーフェイスばりの派手な散り様、最高でした。

 しかし、しかしです。我々を熱狂させた最強の敵ガス・フリングが去ってしまった後、物語はどの方向に進めばいいのでしょう?どうすれば面白さを損なわずに最終回を迎えられるのか?

 シーズン5で明かされたその答えは、とても理に適ったもの。物語の中で主人公を苦しめた最大の敵が去った時、主人公こそが物語の登場人物全員の敵になるのです。

 かの名優アンソニー・ホプキンスもこのドラマの虜になり、たった2週間で全5シーズンを完走してしまったそうで。それだけではなく、感激のあまりウォルター役のブライアン・クランストンにファンレターを出したそう。その内容は以下の通り。

 

ブラックコメディとして始まり、やがて血と破壊と地獄の迷宮へと下っていく。まるで偉大なジャコビアン時代のシェークスピア劇や、ギリシャ悲劇のようだ(元記事:http://eiga.com/news/20131017/5/

 

 ジャコビアン時代というのはイギリスのジェームズⅠ世統治下の時代のことで、この時シェークスピアは『テンペスト』『リア王』『マクベス』等を書き上げています。またギリシャ悲劇とは、運命に逆らい、また流される者が主題。回を追うごとに敵が強力になり、それと比例してウォルターが関わる仕事も危機も規模が大きくなる。いったん動き出した運命の歯車はもう誰にも止められず、ただただ皆死に絶えるまで悲劇が連鎖し終わりの時を待つのみなのです。まさにギリシャ悲劇。アンソニー・ホプキンスレベルになると例えからして洗練されてますね。

 

 そして最後に。これが一番痺れるなあと思ったのが、裏社会でのウォルターの相棒、ジェシー・ピンクマンの存在です。彼はハイスクールを中退し、麻薬をさばいて暮らすジャンキー。ラッパーかよと思うくらいYO!を連発します。麻薬をさばくために必要な存在でありながらその激情型で甘ちゃんな性格によってウォルターを何度も怒らせ窮地に陥れますが、ウォルターはどんなにジェシーに呆れかえろうとも、ジェシーより優秀な相棒を用意されようとも、決して彼を手放さないのです。その為には手段も選ばず、回を追うごとにその異常性は増していきます。

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 最初、ウォルターは自分の息子と同じ年頃のジェシーを息子に重ねていたため見捨てられないのだと思っていました。と言うか、確実にそれもあったのだと思います。ですが、シーズン5最終話の妻のスカイラーとの会話で

「スカイラー、私のしたことは全て・・・」

「聞かなくてもわかる。どうせまた、家族のためだったと言うんでしょ」

「自分のためにやった。好きでやったんだ。私には才能があった。それに心から実感できた。生きていると」

 ・・・というやりとりがあったことで、少し見方が変わりました。今まで散々「全ては家族のためにやったこと」と言い続けてきたウォルターが、最後に「生きていると実感できるからやったんだ」と認めたのです。確かに麻薬製造を始める前のウォルターの人生は色彩を欠いたものでした。生の実感を得られないまま凡人として人生を終える――自分には才能があるのに――そんなのは嫌だと、彼は心の奥底でずっと思っていた。その鬱屈した思いが、非日常を知ったことで解消されていったのです。

 この、非日常に足を踏み入れることになったそもそものきっかけ。それがジェシー・ピンクマンです。ウォルターにとって、彼は〈非日常の象徴〉なのですね。彼にとっての非日常は生を実感するためのもの。いつしか生きる目的にすらなっていたのでしょう。だから、彼はジェシーだけは手放せない。それはそのまま、また凡庸な人生に戻ることを意味しているのだから。

 ・・・というのを上記で抜粋したウォルターとスカイラーの会話から思いついてしまい、その後の展開はぞわぞわしっぱなしでした。最終話でウォルターはみんなに別れの挨拶をして回りますが、その終着点は誰だったか。誰を開放したか。その意味するところを考えると、何とも言えない、言葉で形容できない気持ちになります。ただただ、その余韻に圧倒されるしかないのです。

 いや、ホント見ごたえあるドラマでした。しばらくこの余韻に浸っていようと思います。

 ちなみにこのドラマ、私はhuluで視聴しましたが、後はU-NEXT、それからスーパー!ドラマTVでも今のところ見られるようです。TSUTAYAとゲオはシーズン3までレンタル可能な模様。円盤はシーズン1~3が8月6日、シーズン4が9月3日、シーズン5が10月3日に順次発売されます。Amazonだと、シーズン1のBDボックスは50%オフになってます。参考までに。

 

 

ブレイキング・バッド Season1 DVD-BOX

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